水都再生 (5)魚も人も憩う古都の「顔」
鴨川で行われている投網でのアユ漁。すっかり夏の風物詩になった(野本裕人撮影)
京都・四条大橋近くの鴨川。流れの中で、投網が丸く広がった。たぐり寄せられた網目から、アユが身を輝かせると、橋上の観光客らから思わず歓声が上がる。「こんな街中でアユ漁だなんて……」
「目の前には美しい街並み、遠くに北山を眺めながら漁ができるなんて幸せだよ」と、地元漁協の松本隆さん(77)は誇らしげにアユをつかむ。
今日も河原では若者たちが歌い、踊り、散策する。出雲阿国(いずものおくに)の時代から、幾多の芸能、文化をはぐくんできた鴨川は、昔も今も、都の〈顔〉なのだ。
京都府は、「鴨川条例(仮称)」の今年度中の制定を目指している。6月23日に開かれた専門家による第1回検討委員会は、鴨川の歴史・文化的な価値を尊重し、年間4700万人に上る観光客らも憩えるような環境を永続的に守っていくことで一致。「広瀬川の清流を守る条例」(仙台市)や、「四万十川条例」(高知県)の環境保全に対し、鴨川は、景観保全を理念の中心に据える構えだ。
検討委員会委員の川崎雅史・京都大学大学院工学研究科助教授(総合環境学)は「長年の活動で水辺の環境を守ってきた市民、手をかけ護岸を整備してきた行政、双方にとっての集大成が今回の条例。自然と都市が柔らかく結びついている鴨川の環境を後世に残すため、市民、行政が作り上げ、育てていける条例になれば」と話す。
実は40年前、繁華街の鴨川は、BOD(生物化学的酸素要求量)が1リットル中、28・7ミリ・グラムという、汚染がひどい環境だった。悪臭が漂い、魚も人も寄りつかない川。工場や家庭からの排水は垂れ流され、ごみの投棄も相次いでいた。
かつての清澄な流れを取り戻したい――1964年、数人の町衆が「鴨川を美しくする会」を結成し、ごみ拾いを始めた。「まず、鴨川に親しんでもらおう」と、河原での夏祭り「鴨川納涼」も開催。古参会員の清水章一さん(63)は「祭りがにぎわいを増すにつれ、清掃に参加する人も増えた」と振り返る。
地道なボランティアに対する共感は市民に広がり、同会には今、280団体(2万人以上)が登録。このうち「鴨川みそそぎ会」は数年前、三条大橋近くの河原を流れるみそそぎ川にホタルをよみがえらせた。副会長の田中昭嘉さん(79)は「子供たちに、ホタルの乱舞を見せたかっただけです」と笑う。
公共下水道の整備も進み、川の水質は大幅に改善された。BODは現在、1ミリ・グラム以下まで改善。府も親水事業に乗り出し、対岸に渡れる飛び石や芝生広場、様々な花木を植栽した「花の回廊」などを整備。住民の意見を反映させる「鴨川府民会議(仮称)」の設置も検討されている。
「鴨川を美しくする会」は2年前、小学生の教科書でも取り上げられ、修学旅行などで活動を見学に来る学校も増えた。
「こうした子供らから『地元の川で清掃に励んでいます』という手紙をもらうと、私たちの思いが全国の川にまで広がっていることを実感します」
事務局長の杉江貞昭さん(61)はうれしそうに話し、こう強調する。
「鴨川は、京都人の心のよりどころ。清らかな流れを誇りに思い、愛着を持つことが、次世代にこの川と活動をつなぐことになる」(大阪・地方部 長崎慎二)(おわり)
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