(下)「ゴロツキ」席巻を防げ
「皇居の自然を国民と分かち合いたい」という天皇陛下の思いから、2007年に始まった吹上御苑の自然観察会。5月と9月に開かれ、初回は329倍の応募があった人気行事だ。
「都心にこんな森があるなんて」と感心しきりの参加者に、植物のガイドを務める国立科学博物館名誉研究員の近田文弘さん(67)は、1本の巨木を指さした。見ると幹に穴が開き、枝は枯れ落ちている。近田さんは「この森は崩壊寸前。衰退に向かっているのです」と話した。
江戸時代初め、武家屋敷が並んでいた吹上御苑周辺は1657年の明暦の大火を経て、日本庭園として整備された。明治時代に天皇のお住まいである皇居になっても、その姿は変わらなかった。
庭園的な管理をやめたのは1937年(昭和12年)。昭和天皇の「なるべく自然のままに」とのお気持ちを受けたもので、それから約70年を経て出現した森には、スダジイやケヤキなど直径1メートルを超す巨木が250本以上も点在する。
だが巨木の寿命が尽きると、その跡に侵入するのはイイギリやカラスザンショウだ。スダジイの3倍のスピードで成長し、ほかの樹木の成長を邪魔することから、近田さんがつけた名前は「ゴロツキの木」。ゴロツキの木は、鳥が実を運ぶため勢力範囲を広げやすい。
「30年後にはゴロツキの木が並ぶヤブになってしまう」。宮内庁庭園課長の上杉哲郎さん(51)の呼びかけで、近田さんらは07年、皇居の森の管理方針について提言をまとめ、天皇皇后両陛下に報告した。イイギリなどを抑制し、歌川広重の浮世絵に描かれている江戸城のモミ林を再生するなどとする案に、陛下も関心を示された。
この提言を実現させるため、宮内庁は皇居内で詳細な植生調査を実施中だ。提言策定グループの一人、千葉大学教授の小林達明さん(50)は皇居のスダジイ、タブノキ、モミから採った種子を発芽させ、苗木に育てる実験を始めた。「生き残りが難しい芽生えの時期をクリアして、高さ30センチまでなれば、他の木に負けずに成長する」と見る。
小林さんたちにはもう一つ、夢がある。皇居の森で集めた種子を東京の緑化に役立てるのだ。お台場の南にある埋め立て地「海の森」は、種子の供給先候補の一つ。皇居で生まれた樹木が、東京湾で新たな森になる日も近いのかもしれない。(滝田恭子)
(2009年1月31日 読売新聞)
最近のコメント