(4)豊かな農作物、販路なく
「なーんもない田舎ですきね」というのが、余能(よのう)集落(高知県仁淀川(によどがわ)町)の住人の口癖だ。でも、一つだけ、自慢できるものがある。
「香りが高く、コクもある」。20年以上も前、余能のお茶が町の大衆食堂で評判になった。仕入れ先を聞きつけ、余能まで茶を買いにやってくる人もいた。
余能の急斜面に、青々とした茶畑が連なる。その畑の間の石段を抜け、藤原君子さん(80)の家で、自家製の冷たいお茶をいただいた。のどに残る独特の渋みが心地いい。「余能は朝から晩まで日当たりがいいけぇ、おいしいの」と言って、君子さんはまぶしそうに青空を見上げた。
スイカは目に染みるような鮮やかな紅色。ニンニクも強烈なにおいがする。農作物のほとんどが自家消費だと聞いて驚いた。
「農協さんが車で集めたころは、みんな売りに出しよりましたけどねえ」
地元の池川町農協(現・コスモス農協)は1990年、高知市内に店を開き、集荷車で各農家を回って集めた農作物を売った。しかし、3年前、事業は中止された。「辺境の地に2時間かけて1、2パック分の野菜を取りに行くのは効率が悪い」と農協は言う。
「自分の名前と住所を書いて、きれいに包装して、売値の札をつける。毎日、それが楽しみでねえ」。君子さんは残念がる。価格を100円と決めれば、25円は農協で、75円が君子さんの取り分。ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、ニラ……。何でもよく売れた。
農協は茶も買いつけていたが、これもやらなくなった。6軒あった余能のお茶農家は今、2軒だけ。当時からの「お得意様」の個人注文に細々と応じている。
最近、君子さんは自宅で食べきれないタイモ(里芋)を野菜作りの堆肥(たいひ)に回すようになった。
8キロ離れた町中心部。国道439号沿いに、野菜の無人直売所がある。20か所に仕切られた棚のうち、キュウリやピーマンが並ぶのは5、6か所だけ。直売所ができた15年前には、棚は連日埋まっていた。農家の人々が年を取り、野菜をここまで運べなくなった。
直売所の近くにある地元最大のスーパー「Aコープ池川店」の野菜コーナーをのぞいた。群馬産キャベツ、長崎産ジャガイモ、香川産タマネギ。同じ町内の余能でも作っている野菜が並ぶ。遠くから運ばれた野菜を客が買い求めていく光景は、どこか奇妙だ。
同じ高知県の四万十町十和地区(旧十和村)はシイタケ栽培で知られる。余能のように山に囲まれているが、車で走ると若者の姿が目につき、雰囲気も明るい。
50年代、農家の現金収入源として、地元農協はシイタケに目をつけた。組合長自らが大阪や神戸に赴き、販路開拓に奔走した。国の拡大造林政策に抵抗してナラを伐採せずに残し、シイタケ菌を植える「ほだ木」にした。
「現金収入の道を守ったおかげで、若い後継者が村を出ずに済んだ」。シイタケ農家の安藤精馬さん(83)は言う。十和地区に、限界集落はない。
仁淀川町も地元産の茶のブランド化を模索する。「手をかけて作る少量のお茶がスローフードの時代に合うのではないか」(片岡広秋・町企画課長)。生産者組合を交えた検討も始まった。
その動きは余能に伝わっていない。「茶作りは楽しいですよ。釜で炒(い)って、赤ちゃんの肌のような柔らかい葉をもんでね。でも足も悪いし、そろそろやめようかなあ、思うてるんです」と君子さんは打ち明ける。
限界集落の振興は、時間との戦いでもある。(高倉正樹)
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