(5)脱車社会の足がかりに
宇都宮市の中心から南に8キロ、北関東最大級の売り場面積を誇るショッピングモール。土日には7000台分の駐車場も混雑する。 車で片道15分の自宅から来た同市、無職石井文雄さん(77)は、「もう年だし、あと2、3年で車の運転をやめるつもり」と明かす。自宅近くには小さなスーパーもあるが、郊外店は駐車場が広く、気軽に車で来られる。「車がなくなれば、うちの夫婦は終わり。家に閉じこもりがちになるだろうね」 総務省の2004年全国消費実態調査によると、栃木県の全世帯に占める自動車保有世帯の割合(自動車普及率)は96・8%で、群馬県に次ぎ2位だった。 宇都宮市では11年前、JR山手線と円周がほぼ同じ環状道路が全線開通した。これに伴い、道路沿いの農地が宅地に転用され、宅地開発が進んだ。 中心市街地からは百貨店やテナントビルの閉店、郊外移転が相次ぐ。市と商工会議所の合同調査では、05年のある日曜の通行量(午前10時~午後7時)は8万人で、ピーク時(1987年)の33%に減少した。 歩く人もまばらなJR宇都宮駅から西に延びる大通りの建設現場の仮囲いに、フランスの街を走る小粋な「次世代型路面電車」(LRT、軽量軌道輸送機関)の写真パネルが映える。市の「LRT導入推進室」が掲げた。 LRT導入を目指す動きが出たのは14年前。当初は東部の渋滞解消が目的だったが、その後、西側の大通りまで路線を延ばし、延長15キロの計画となった。 導入について、まだ市民全体の合意はできていない。04年には賛成、反対が県知事選の争点にもなった。 「町全体が小さく、歩ける範囲で生活していた時には、町と町を線路でつなぐのは意味があったですよ。でもこの車社会に、固定した線路を引く意味があるのか。無駄遣いです」 「LRTを反対する会」の会長を務める作曲家、浅野薫子さん(51)は疑問を口にする。 全国の自家用乗用車と鉄道を、国立環境研究所による「人キロ」データ(運んだ人数×距離の総計)で比較すると、1975年は32万人キロとほぼ同じだったのに、車は90年に72万人キロ、2003年に85万人キロと大幅に増え、90~2003年に38万人キロで横ばいの鉄道を大きく引き離した。 環境省の「地球温暖化対策とまちづくりに関する検討会」は、「悪循環」を指摘する。揮発油税などの道路特定財源制度により、車の利用が増えると道路整備財源が増えて道路が良くなる一方、郊外開発が進んで中心市街地が衰退し、鉄道の利用が減って収入が悪化する――というわけだ。 車社会を変えようという動きも始まっている。国土交通省はLRTを導入しやすいよう、補助金制度の範囲を広げた。導入は、住民の選択にゆだねられる。 筑波大大学院の石田東生(はるお)教授(交通政策)は「路面電車や鉄道は、車を運転できない高齢者らの社会参加を担保し、中心街をにぎやかにする。環境にも優しい。行政は、長期的な視点で総合的な交通政策をきちんと描き、住民はもっと広い視野で選択肢を検討してほしい」と話している。(おわり) (この連載は生活情報部・室靖治、地方部・高倉正樹、編集委員・河野博子が担当しました)
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