(2)牛丼1杯 風呂10杯分

マグロの刺し身とアジのたたき、里芋の煮物、ご飯とみそ汁……。東京都目黒区の小学校教諭、名本裕(ゆたか)さん(44)の自宅で、妻の千枝さん(36)と長女の真悠子さん(8)がはしを運んだ。真悠子さんは「おいしいね」と料理を平らげた。
日本のどこにでもある食卓の風景。だが、テーブルに並ぶ料理の食材には、多くの水が使われている。コメや野菜を栽培したり、牛の餌になる穀物を作ったりするのにも水は欠かせない。食料生産に使った水は「バーチャル・ウオーター(仮想水)」と呼ばれる。
読売新聞は、東京大学の沖大幹(たいかん)教授(水文学(すいもんがく))の研究グループとの共同調査で、日本、米国、中国、ケニアの家庭で、ある一日の食事に投入されている仮想水量を調べた。
米ミシガン州デトロイト郊外の会社員、ジェイソン・コプリーさん(36)宅では、鶏肉のソテーとチーズ入りパスタが皿に盛りつけられた。中国山西省大同市の同省鉄道局勤務、趙広さん(39)宅では、豚肉とシメジのいため物が湯気を立てた。ケニアの小学校教諭、ハンフリーズ・アンブラさん(53)の家では、トウモロコシの粉を練ったウガリがかまどの大鍋から各自の皿に盛られると、家族はテーブルについたり床に座ったりして、黙々と食べた。
1人あたりの仮想水はコプリー家が2489リットル、趙家が1954リットル、名本家が1611リットル、アンブラ家が1351リットルだった。
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仮想水は料理の原材料を作るのに必要な水量と、食べる重量から計算する。
仮想水が多い代表的な食材は肉。牛や豚のエサとなる穀物の栽培に大量の水が使われるためだ。沖教授によると、鶏肉1キロに4・5トン、豚肉には6トン、牛肉は20トンの水が使われている。
米国のコプリー家では、調査した日は鶏肉料理だったが、牛肉なら仮想水量ははね上がる。名本家でも、マグロの刺し身がメーンだったため仮想水量は低かったが、実は、真悠子さんの好物はハンバーグだ。ハンバーグ100グラムの仮想水は、沖教授によると、1859リットル。牛丼の場合は、1887リットル。風呂(180リットル)にするといずれも10杯分に相当する。
千枝さんは「家族はみんな肉が大好き。米や野菜の方が水を使うと思っていたのでびっくり」と話した。
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沖研究室の調べでは、日本が1年に輸入する穀物・畜産物の仮想水量は533億トン(2004年)。これは、国内の農業に使われる総水量にほぼ匹敵する。同研究室が日本の食料自給率のデータなどから、人気メニューの仮想水中に占める「輸入仮想水」を計算したところ、ハンバーグは87%、牛丼は68%、オレンジジュースは89%にもなる。
輸入食品は年々増加しており、2006年度までの過去40年間で3・3倍増の5766万トンに増えた。
新鮮さが命の野菜や果物はいま、空を飛んで日本にやってくる。正月休みが明け、物流が再稼働した1月初旬、成田空港の貨物ターミナルでは、輸入食料を満載したコンテナが、輸送機から次々に運び出された。
名本家近くのスーパーにも多くの輸入食品が並ぶ。色とりどりのオレンジやレモン。その産地の米国西部の農業地帯は、深刻化する水不足に揺れている。
揺れる日本の食料庫
収穫を終えたぶどう棚が何列も続き、草地の黄緑とぶどうの葉の茶がしま模様を描く。米カリフォルニア州ロサンゼルス近郊のインペリアル・バレー地区のある農園。数メートル間隔で設置されたスプリンクラーから毎秒計1700リットルの水が噴き出していた。
米南西部を流れる総延長2333キロのコロラド川。果物、野菜、穀物の農地が広がるインペリアル・バレーは、その最下流の農業地帯の一つで、広さは東京都の面積に匹敵する。日本にも果物や家畜飼料用の牧草などが輸出される。
「もともと乾燥地帯とはいえ、最近の水不足はひどすぎる」。この一帯に水を供給する水組合のケビン・ケリー担当官は嘆く。年間降水量は、東京の20分の1の70ミリ、夏は40度を超える砂漠。それを緑に変えたのはかんがい農業だ。日本の輸入食料の3分の1を占める世界の食料基地・米国が誇る大規模農業。それが、気候変動による水不足で転換点に立たされている。
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インペリアル・バレーに隣接するソルトン湖(931平方キロ)で異変を目撃した。水位が下がってむき出しになったかつての湖底に、ティラピアなどの魚やフジツボの死骸(しがい)が累々と散らばる。足を踏み出すたび、ザクッ、ザクッと乾いた音が響き、腐臭が漂う。
水位は1995年から約1メートル低下し、塩分濃度は太平洋の海水に比べ37%も高まった。州漁業狩猟局のキンバリー・ニコル環境専門官は「湖畔にホテルが立ち並び、船釣りを楽しむ人たちでにぎわったが、いまやすっかり寂れた」と肩を落とした。
米海洋大気庁西部地域気候センターによると、コロラド川流域の年平均気温は過去30年間に1度上昇。ソルトン湖周辺でも01、02年の2年連続で、年間総雨量が6ミリという記録的な干ばつに見舞われた。過去9年間のうち、7年間は年間総雨量が平年以下だった。
コロラド川の流量の目安となるユタ・アリゾナ州境のパウエル湖への流入量も激減している。米開拓局によると、2007年までの8年間の年平均流入量は、それ以前の過去30年平均の62%にとどまっている。水源となるロッキー山脈や流域一帯で雪や氷が減少しているためだ。
過去55年分の西部地域の河川流量を分析したカリフォルニア大スクリプス海洋研究所によると、近年の雪解けのタイミングは1~4週間早まっている。研究グループは「川の流れは春から夏にかけて10~50%減り、渇水傾向は今後一層強まる」と予測している。
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水不足を背景に、農業と都市の「水争奪戦」は激しさを増す。
メキシコ国境に近いサンディエゴでは、中南米系移民らの人口増加で水需要が急増。4年前から、インペリアル・バレーの農家が確保していた水を段階的に都市の住民に振り分け始めた。最終的に、現在の農家の確保分の1割に当たる年37万トンが住民に回る。農家側はすでに延べ1万2000ヘクタールの休耕を余儀なくされた。補償金が支払われるが、農家側の不満は根強い。
708ヘクタールの農場で牧草や小麦を作るアル・ケイリンさん(59)は「農家は節水に努力しているのに、都会の住民は水を使いまくる。水が年々貴重になり、かんがい用水も値上がりするだろう。農地を手放し、廃業に追い込まれる農家が出てくるかもしれない」と憤慨した様子で語った。

























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